蜂蜜博物誌

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舞台『クレイジーメルヘン』(2019)_感想

f:id:gio222safe:20190626112457j:plain映画『ラ・ラ・ランド』の真逆のようなオチは好き嫌いの分かれるところだと思いますがオールフィメール演劇の良さを活かしたような脚本で個人的には面白く観ることができました。社会風刺がコメディとしてきちんと成立しているのも好印象。例えば舞台には大衆受け狙いから一線を画した作品が多くある一方で、今どき民放でもやらないような性的偏見表現ゴリゴリのメロドラマだったり、笑わせるつもりでエクスキュースのない性差別やセクシャルマイノリティ差別を放流していたり、単なる現状追認に甘えた質の低い戯作がごまんとあるわけですが、本作はレイシズムや優生思想やBPOに問題視されるネットTVの過激さなどの社会問題として扱われる要素を貪欲に散りばめておきながら、それらを馬鹿馬鹿しさとして風刺的に扱うことに長けていたため「ああ、この作家は信頼できるな」と安心して楽しむことができました。風刺的な扱いではないけれど母子家庭の貧困・保育士の薄給にも触れている。主人公をサポートするレズビアンの描き方も最初の掴みは過剰に性的だと感じたけど総合するといい感じ。「戸籍を取り寄せると…」あたりはもっとヒエラルキーを形成する馬鹿馬鹿しさを突っ込んでフォローしたほうがよかったんじゃないかと思うけど(それこそ戸籍制度を利用して維持された現実の在日コリアン差別*1は目を覆うほど酷いので)いずれにせよブラックジョークを表象に取り入れるのであれば作家が時事にまっとうな感性を抱いてることは最低限だと思いますからクレメルはその点うまく仕上げたんじゃないかと。偏見の垂れ流しかブラックジョークになるかの境目は微妙に見えてはっきりしているので。

演出は可もなく不可もなく。演者の不慣れをカバーできるほどの力量ではないし、観劇の喜びを味わえるような美の追求はないものの、どこかで見たような演出記号を組み合わせていたので表現したかったことはよくわかる。その記号自体も全体的に装飾性に乏しいのは脚本がパワフルなぶん物足りない。それまでの「現実」から何のクッションもなく突入していた夢との混線や、シーン展開のメリハリのなさは、他の作品であればいざ知らずクレメルにとっての最適解ではなかったように思います。もちろんあそこまで大人数をまとめあげながら演出の質を上げていくのは難しいと思うので「がんばって…!」としか言えないのですが。良かった演出はおもらしの黄色いライト。あれは(いい意味で)ひどい。時間が巻き戻るシーンは「この演出、この一年で5作品は見たわ」「いつまで演劇はビデオ時代を引きずってんだ」という気分で食傷気味………と思っていたのですが登場人物それぞれの迷台詞の掻い摘み方が可笑しくて可笑しくて、その他たくさんの作品における時間の巻き戻し演出の中では一等好きです。クレメルの台詞選びが好きだなあ。プリプリピチピチの伊勢海老とか本当に意味わかんないけどお気に入り。

主人公・ミコトの家訓は「Don't think! Feel!」。これはしばしば受け手が「ツッコミどころは山程あるがバイブスを感じる作品」に対して使うフレーズなので最初は「批評に対する予防線かな」と邪推したりもしたのですが、原典になった映画の台詞は「真実を見据えないといつまで立っても栄光は掴めないぞ」という趣旨なんですね。爆裂チーム初日のみの観劇でしたが、ミコト役の三人はいずれも主人公として立つことに馴れていたように思います。中学生のミコトが社会人のミコトに諭す「みんな意思を持って仕事をしてるからぶつかる」との言、自分自身がクライエントとサービス提供者を繋ぐ調整の仕事をしているので心から頷きました。そこからのオチは梯子を外された気分にならなかったかといえば嘘になるけど別に仕事に順応することがテーマじゃないし、『プラダを着た悪魔』のアン・ハサウェイだってあの職場を去ったことを思えばなんだか転職多めのアメリカ映画っぽい選択で私は好きです。

プラダを着た悪魔 (字幕版)

プラダを着た悪魔 (字幕版)

 

新人さん多めなのか、演者による実力のバラつきはあったものの、個性強めで性格の悪い女たちの群像劇は痛快で、これはあまり熟れた役者ばかりにやってほしくはないなあ、とも思いました。ただ声量のバラつきは観劇の快適性を損なうのでもうちょっと頑張って欲しかったかな。物語運びとテーマ性のバランスもよく、小劇場系の脚本でよくある変な背伸び(※脚本の力量に伴わないやたら壮大なテーマをぶちこむ、よく知りもしない社会問題にいっちょ噛みする)がないおかげで、等身大のB級映画が好きな人はツボにハマるんじゃないかしら。女の子のエンパワメントコメディとして愛らしい掌編なので、これからもいろんな演者、いろんな演出で見たいなあ。

ラ・ラ・ランド(字幕版)
 

 

*1:梁英聖 著『日本型ヘイトスピーチとは何か -
社会を破壊するレイシズムの登場-』