蜂蜜博物誌

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映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年)_感想

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(原題:택시운전사)光州事件(1980年)の実話をもとにした韓国映画。日本がバブル経済に浮かれていた頃、知られるように韓国は1987年の民主化宣言まで軍事政権下にあった。独裁の厳しいなか続いた民主化要求は、1979年・側近による大統領の暗殺事件をきっかけに「ソウルの春」として盛り上がりを見せる。ところが、その後再び実権を掌握した軍部は、戒厳令を敷き野党指導者を拘束するなどの弾圧を行った。映画はまさにその時代。韓国内でも差別的な取り扱いを受けていた地方・光州の学生デモが軍と衝突、一方的な虐殺を受けた。40年近い月日を経て、今なお犠牲の全容が明らかになっていない凄惨な事件である。

映画評論家・町山智浩が本作を『マッドマックス』に例えていたが、なるほどカー・アクションとして観客を盛り上げるエンタメ性に長けている。光州事件は情報統制の最中にあり、現地の惨状を世界はおろか山ひとつ隔てた周辺の住人でさえ知ることはなかった。これが明るみに出たのはアジア特派員として日本に駐在していたドイツ人記者(ユルゲン・ヒンツペーター)が危険を顧みず取材を行った成果である。光州が軍により封鎖される中、彼の取材を助けたソウルのタクシー運転手の目線で本作は描かれる。町中のデモに対し「こんなにいい国はないのに、何が不満なんだ」とこぼすような小市民であった彼は、一人娘との生活のために金払いのいいヒンツペーターを車に乗せ、何も知らず光州の町に足を踏み入れるのだった。

町山智浩氏のようにあえて他作品に例えるならば個人的には映画『レ・ミゼラブル』(2012年)を挙げたい。「民衆の歌」の切実な祈り。「二度と奴隷にはならぬ者の歌」の誠実な高揚。映画館で首元まで濡れるほど泣き続けたのははじめての体験だった。『レ・ミゼラブル』のような歴史性の高い群像ドラマとして、『マッドマックス 怒りのデスロード』のような娯楽性と気骨に溢れる物語として、未だ爪痕の深い史実を扱いながらも誠実な描き方に徹した本作は、娯楽映画としての出来栄えも一級だ。ドラマティックで壮大な映画を求めるすべての人におすすめしたい。

 余談だが、2000年前後の生まれの女性であれば、韓国コスメやファッションやスイーツへの憧れからアジア蔑視も実感の湧きづらいものになっているだろうが、それこそ積極的に文化に触れていかない限り、日本人は欧米を除くすべての国に対して差別意識を逃れることができない環境にあると感じている。特に旅行好きに顕著な傾向だが、「物価の安い国」として、「トイレの汚い国」として、「治安の悪い国」として、娯楽先としての快適性をもって他国を判断し、あまつさえこれをそのまま国の価値のように語ることがある。会話をしていると甚だ居心地が悪い。

はたして他国へのまなざしがそればかりでいいのだろうか? 我々にとっては旅行先でしかないその場所は、人々の生活の場であり、これまでの歩みの末でもある。消費のためではなく、政府方針レベルの利害ではなく、他国の歴史を知り、共感と尊敬を抱くことは、それほど難しいことだろうか。ソウルを出立したタクシー運転手と同じ、いまだ何も為していない平凡な人間として。その歴史に至る責任の一端を担う、ひとりの人間として。